ありふれた本棚

ミステリ

2023年の読書記録

 2023年もついに大晦日を迎えた。今年一年が有意義な年であったかと聞かれると胸を張って頷くということは出来ないけれども、楽しく過ごせたのでいいかな、という満足感も少なからずある。

 とりあえず今年読んだ本のベスト10を

 

1『犬の力』 ドン・ウィンズロウ

2『優等生は探偵に向かない』 ホリー・ジャクソン

3『地図と拳』 小川哲

4『人魚とミノタウロス』 氷川透

5『地雷グリコ』 青崎有吾

6『ホワイトラビット』 伊坂幸太郎

7『火蛾』 古泉迦什

8『殉教カテリナ車輪』 飛鳥部勝則

9『少年検閲官』 北山猛邦

10『栞と嘘の季節』 米澤穂信

 

一応、順位をつけては見たものの、乱暴なのは否めないので参考程度に。

・とはいえ1位においてみた『犬の力』は今年読んだ本の中では別格に面白かった。メキシコを舞台に紡がれる血と暴力の物語。1000ページを超える長大な物語に終始圧倒された。

・ホリー・ジャクソンの『向かない』三部作はまさしく至福の読書体験だった。瑞々しい『自由研究」、重たい問いをぶつけてくる『卒業生』も好きだけれど、一番印象に残ったのは『優等生』の主人公を徹底的に追い詰める容赦のなさだった。

・『地図と拳』は巻をおくあたわず、徹夜で夢中になって読み耽った。満州という虚の国家を描き出そうとする物語から目が離せなかった。

・2023年に出会った作家の中で一番印象深かったのが氷川透。その中でも「人魚とミノタウロス」が見せる冷徹な論理と氷川の熱い感情の対比が強く心に残った。

・『地雷グリコ』は逆転劇の美しさを5篇全てで見せてくれた。来年度を代表する新刊の一つとなるだろう。

・今年は伊坂幸太郎をちまちまと読んだ。洒脱な語り口と意外性溢れる展開によって創られるエンタメ性抜群の物語はいつ読んでも面白い。新刊の『777』も面白かった。

・『火蛾』では宗教論理の見せる美しさに酔いしれた。今年は復刊の年でもあった。

飛鳥部勝則も今年出会うことのできた作家の一人だ。『堕天使拷問刑』の奔放さも捨てがたいけれど、個人的には端正な『殉教カテリナ車輪』の方が好み。復刊おめでとうございます。

・『少年検閲官』は一つの事実を端緒として全てが暴かれるという、構造的な美が印象に残った。続編の『オルゴーリェンヌ』も切なく、美しい物語だった。

・2023年度の新刊からは『栞と嘘の季節』を。少女が栞を欲する理由に込められた切実さこそが、自分が青春小説に求めるものなのだと思う。

 

来年の目標としては海外作品をもっと読むこと、実作を完成させることの二つを挙げたい。来年も面白い本をたくさん読めればいいな。それでは皆さん、良いお年を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想:『開かせていただき光栄です』皆川博子

 再読。以前に読んだのは中学生のときだったので、4、5年前になるだろうか。内容はラストを除いてほとんど覚えていなかった。

 暖炉に隠した死体が勝手に増えているという冒頭からして派手なのであるが、それ以上に私が序盤で引き込まれたのは、殺人事件のパートと並行して語られる、詩人志望の少年、ネイサンを主人公とするパートだ。

 田舎から自らの才能を信じて都市へと上ってきた少年、この少年の描き方が圧倒的に上手い。不安と自信がないまぜになった少年の内面を、一歩引いた場所からまさに名人芸とも呼ぶべき手際で丁寧に語り出す。ネイサンが、エドやナイジェルとの交流し、令嬢と恋愛する光景を、そのような語りを通して覗く私は、ネイサンというどこかいけすかなかった少年に、自分がいつの間にか共感し彼の夢を応援していることに気づかされ、物語にのめり込んでいった。しかし運命は残酷だ。ネンサンパートと並行する殺人事件のパートでは、エドとナイジェルによって死体がネイサンのものであることが語られる。ネイサンの夢が破れることを頭の片隅で抱えながら読み進めていくと、物語は徐々に不穏な展開を辿っていき、悲劇的な結末を暗示してネイサンのパートは終わる。この引き離してから突き放すような展開の起伏も見事だ。

 そしてネイサンのパートが終わり、殺人事件のパートに一本化されてからはミステリとしてまさに圧巻。ある仮説が構築されては、新たに提示された情報によって否定されていくというパターンが繰り返されるのであるが、キャスティングボードを握っているのが常にエドであり、エドが新たなカードを切るたびに物語の様相が変化していくのが実にスリリングなのだ。そしてそのようなスリリングな展開の中でも、さらに死体が転がり、新たな謎が生まれていくというサービス満点ぶりである。エドと対峙する盲目の裁判官の造形も見事で、助手であるアンがもたらす情報と聴覚、嗅覚を頼りとして推理を組み立てていく様が面白い。

 このような2転3転の中で徐々に事件の輪郭がはっきりしていき、一旦は決着がついたように思われる。しかしその後、最後の最後に法廷で起きる大逆転が実にまた素晴らしく、再読してみて序盤からしっかりと伏線が貼られていたことに気づかされ、感嘆した。しかもこのトリック自体が、当時のロンドン社会の暗部を利用したものであり、ひいては現在の停滞する日本社会をも貫くような威容を備えているのであるからたまらない。ミステリーとしても歴史小説としても実に贅沢な一冊である。